複数言語のせめぎあう在り様を視野に入れた
言語の教育と研究をめざす
言語のせめぎあい
多くの社会は多言語・多文化が存在する社会です。言い換えると、複数の言語や文化がせめぎあっています。
例えばスペイン語は、歴史的に英語やフランス語と広域でせめぎあってきました。スペイン社会においては、スペイン語を中心としつつも、バスク語・カタラン語等の地域言語がせめぎあっています。ラテンアメリカのスペイン語圏の一つ、ボリビア社会においては、植民者の言語であるスペイン語が優位にありつつ、先住民諸語のケチュア語・アイマラ語・グアラニー語等が消え去ることなく、近年では更なる存在感を示すようになっています。
日本語はどうでしょうか。地球規模では、近年アジア言語としての位置取りの中で中国語と覇権争いが生じました。日本社会では、「標準語」としての日本語が中心に位置取り、「グローバル化」の動向と政策の中で英語が広域言語(国際共通語)としてプレッシャーを与えています。そして、歴史的に少数派という位置取りに追いやられたアイヌ語・琉球諸語・日本語諸「方言」等、植民地支配の結果として存在する朝鮮語・中国語等、また経済的政治的な様々な要因による新たな移動の潮流としてやってきたスペイン語・ポルトガル語・中国語・ベトナム語等、様々な言語のせめぎあいのただなかにあります。
このように、複数の言語と文化がせめぎあいながら、社会の中あるいは個人の中に存在するありように注目して研究をすすめます。そして、地域的な広域言語にとどまらない多言語主義をめざします。
新たな言語教育に向けて
現状では「○○人=○○語=○○国」という捉え方が広く流布しています。言語教育が、そのような捉え方を再考する機会を提供するものでありたいと考えます。具体的には、○○語・○○文化・○○人(○○語話者)といった概念が一面的ではなく多様性があることを伝えるツールの開発に、プロジェクトメンバーの専門性を生かしてとりくむことをめざします。
例えば、日本語を例にとれば、日本社会内外の日本語話者が多様であること、つまり「いわゆる日本人」を一面的に想像するだけでは不十分であり、アイヌ語や琉球諸語を受け継ごうという人々、越境移動の在日コリアン・日系ラテンアメリカ出身者等、そして世界に日本語を学習している人々が散らばっていることを示します。
更に視点を広げ、ラテンアメリカにおける複雑かつ豊かな言語の生態と相互接触、コリアン・ディアスポラ、近年のヨーロッパをはじめとする各地への移民や難民の動向を関連付け、新たな言語や言語教育にかかわる視点を創造することをめざします。
どのようにアプローチするのか?
質的研究
本プロジェクトでは質的研究を重視します。基本的にフィールドワークを行って、対象世界に接近して言語にかかわる現象を解明することをめざします。
質的研究は一枚岩ではありませんが、社会科学と人文科学領域において、対象の客観的な把握を前提とする実証主義的な「量的研究」と対置して捉えれば、社会的現実を観察して共感的・批判的・解釈的に理解することを探求する方法と捉えられます。質的研究の中には、エスノグラフィー・ライフストーリー/オーラルヒストリー・会話分析・口承文学研究・言説分析・グラウンデッドセオリーなどなど多岐に渡る方法論があり、大学院の授業を通して方法論に関する理解を深めます。
フィールド例)藤沢市近郊の小学校、東京・神奈川周辺のNPO/NGO、関東圏の国際交流協会、地域の日本語教室や母語教室、北海道沙流郡二風谷、韓国・ソウルの大学や行政機関、中国・東北3省の朝鮮族関連機関(行政、大学、小中高校、出版社など)、ペルー・クスコ市及びその近郊、ボリビア・ラパス市及びその近郊、ドイツ・ベルリン、ミュンヘン、デュッセルドルフ等の行政機関や教育機関(大学、小中高校、語学学校)
*量的研究の有益性を否定するものではありませんので、本プロジェクトで量的研究と質的研究の組み合わせを試みることも推奨します。
既存の常識を疑ってみる批判的視座
多言語多文化共生に向き合うためには、既成社会で常識や当たり前とされていることを、批判的に捉える視点が有効です。批判的教育学(Critical Pedagogy)といった変革の視点をもった教育理念や、言語の政治的現象(言語と権力・言語イデオロギー・アイデンティティなど)に注目して批判的に検討する視座を援用し、それまで当然とされてきた諸現象に対し、より対等かつ公正な社会を目指した構想を提示することを目指します。
多言語多文化共生社会における言語イシューへの取り組み
以上のように、本プロジェクトでは多様な言語と文化を背景とする人々が共に生きる社会において、
「どのような言語のありようが見られるのか」といった現象の解明、
「どのような言語のありようをめざすのか」といった教育と政策の提言、
「人々はどのように言語を使って生活し、どのような課題に直面しているのか」といった認識に注目して人々の意識の改革を促すこと、
をめざします。
言語使用
本プロジェクトには多様な言語文化背景の学生が参加することを想定しています。そこで、プロジェクトはSFCの共通言語である日本語と英語を使用して行います。履修者は、どちらかの言語が研究活動に使用できるレベルであることに加えて、もう一方の言語を意思疎通と状況理解のために使用することを求めます。
日本語話者は英語でも、英語話者は日本語でも、自身の発表や議論の内容のエッセンスを説明することが推奨されます。
日本語や英語以外にもメンバー間で共有する言語がある場合に、意思疎通や議論をより効果的に行うために、それらの言語を用いることも推奨します。その上で、議論の内容のエッセンスを上の共通言語を用いて他のメンバーにも伝達してください。
キーワード
以下は本アカデミック・プロジェクトに所属する教員が挙げる研究上のキーワードを、緩やかに幾つかのグループにまとめたものです。出願しようとする学生は一つの見取り図として参考にしてください。これらのテーマ・分野・方法論でなければならないというものではありません。
研究主題
- 危機言語と言語権・言語復興
- 言語イデオロギー
- 言語とナショナリズム
- 中等教育での外国語教育政策
- 災害時情報多言語化
- Third culture kids
- 移動する子どもたち
- 人種主義
- マイノリティとマジョリティの関係性
- マイノリティ言語とマジョリティ言語の関係性
- 自文化中心主義(エスノセントリズム)
- 参加と社会変革
- 多文化主義・異文化間相互主義
- 多民族国家
- 多言語主義・複言語主義
- 先住民運動・社会運動
- 少数言語とメディア
- 言語変種
- ピジン・クレオール
- 話し言葉と文字
- 標準語と方言・言語規範
- 難民・国内避難民・国際強制人口移動・無国籍
- 社会的統合・社会的包摂
研究分野
- 移民の言語
- 少数民族言語・先住民言語
- 少数民族政策
- 先住民・少数民族の文学
- サバルタン
- ポストコロニアル
- 言語接触
- アイデンティティの政治
- メディア研究
- 移民研究
- 難民研究
学問分野
- 批判的教育学(クリティカル・ペダゴジー)
- 批判的応用言語学
- 言語生態学
- 経済言語学
- 口承文学研究
- オーラルヒストリー
調査方法論
- 質的研究
- フィールドワーク
- アクション・リサーチ
- エスノグラフィー
- アーカイブ