研究来歴とメッセージ
私はラテンアメリカのアンデス地域(ペルーとボリビア)を中心とした現地調査を長年続けてきました。その中で、特定の家族との農村と都市をまたぐ20年近くになる付き合いを通じて、知り合ったときにはまだ小さかった子どもたちが、大学生になり、それぞれの形で社会に出ていくようになりました。ペルーのクスコ市とボリビアのラパス市で人が、家族がその社会を生きていくということはどのようなことなのかを、その家族の目線から理解したいと思い続けています。
研究者として関心を持っている問題は、その延長線上にあります。ラテンアメリカ研究の最も重要な問題である人種と民族、何世紀にもわたって持続する植民地主義と脱植民地化の課題は、現代において多文化主義をめぐる諸問題としてせめぎ合われています。また、人々が話す言語が対等に生きられ、本来の自分の言語をまっすぐに大事にできる社会に向かいたいという思いから、アンデス社会と日本社会の先住民言語を自ら習得しつつ、先住民言語と社会をめぐる問題や口承の語りが伝える物語と歴史について考えています。口頭で伝承される言語と書き記される言語への関心は、幾つかの文学への関心へとつながりました(大江健三郎、津島佑子、ホセ・マリア・アルゲダス(ペルー)など)。
多文化主義やラテンアメリカの先住民問題、開発や社会変化の問題、先住民言語をめぐる社会や語りなどのテーマを一緒に考えたい学生を歓迎します。私自身は特定のディシプリンに基づきませんが、確固とした枠組みと議論の組み立てを重視し、新たな領域を切り開こうとする野心的な研究を評価します。
専門と関心の領域
- 現代ラテンアメリカにおける開発と社会変革、先住民運動と多文化主義/異文化間相互性/多民族国家の新たな展開、現代に続く植民地主義と脱植民地化
- 先住民の口承文学と口承史の語りのメカニズムと語り手の認識
- アイヌ語とアンデス先住民言語の言語復興に向けた取り組みと口承文学
- 主流社会と先住民社会の相互接触
- 「スペイン語圏」としての日本社会の研究
- スペイン語圏の多様性を生かしたスペイン語教育の可能性
研究と教育のキーワード
- 全ての言語が対等に生きられる権利をもつ多言語主義
- 現実の風景と生活感覚にもとづく研究
- それぞれの社会がもつ現実と問題の捉え方の感取
- 「南からの思考(theories from the south)」
- 当該社会との協働による研究(collaborative research)
主要研究業績
- (with Andrea Cornwall). “The Politics of Representing ‘the Poor’” In Rosalind Eyben and Joy Moncrieffe eds. The Power of Labelling: How People are Categorized and Why It Matters. London: Earthscan, 2007, pp.48-63.
- 「ボリビアにおける2000年代左派アジェンダの検討――先住民による権力獲得、多層的共存、現状を切り開く思想」村上勇介、遅野井茂雄編『現代アンデス諸国の政治変動―ガバナビリティの模索』明石書店、2009年、pp.287-314。
- 「大江健三郎『水死』における言葉の方法――「後れ」が導き入れる現代の物の怪と憑坐(よりまし)」『言語態』第11号、東京大学言語態研究会、2011年、pp.73-89。
- (Coedición con Filomena Nina Huarcacho, Silvia Rivera Cusicanqui y Alvaro Linares) Historia Oral: Boletín de Taller de Historia Oral Andina, no.2, Chukiyawu (La Paz): Aruwiyiri, 2012.
- 「ボリビア・アンデスにおけるアイマラ語口承文学の躍動――ラパス市周辺の渓谷部における語りから」『イベロアメリカ研究』第36巻第1号、2014年、pp.27-51。